私は注文住宅を購入した後、収入減少をきっかけに住み替えを経験しました。このブログでは、実際の経験をもとに住宅ローンや住み替え、家計管理について発信しています。当時の私と同じように悩んでいる方の参考になればうれしいです。
はじめに
「共働きだから、この住宅ローンなら大丈夫。」
注文住宅を契約した当時、私はそう考えていました。
世帯年収は約900万円。
土地と建物を合わせた購入総額は約7,000万円。
親から約2,000万円の援助を受け、約5,000万円の住宅ローンを夫婦のペアローンで組みました。
住宅ローンはフラット35の固定金利を選び、毎月の返済額は約14万円。
返済比率は約18%で、数字だけ見れば決して無理のある返済計画ではありませんでした。
将来的には子どもが生まれ、この家で成長を見守る。
さらに、いずれは両親と一緒に暮らせる二世帯住宅へ増築する。
そんな未来を思い描きながら、夫婦で何度も打ち合わせを重ねて家づくりを進めていました。
しかし、その「大丈夫」という前提は、注文住宅に住み始めて間もなく崩れることになります。
妻が体調を崩し、仕事を続けられなくなったのです。
この記事では、共働きを前提に住宅ローンを組んだ私が、収入減によって初めて気づいた住宅ローンのリスクについて、実体験をもとにお伝えします。
注文住宅は、家族みんなの夢だった
私はもともと、マイホームに憧れがありました。
子どもが生まれたら、戸建てでのびのびと育てたい。
賃貸ではなく、自分たちだけの家で家族の思い出を作りたい。
そんな思いを以前から持っていました。
住宅展示場へ行くたびに、「いつかこんな家に住みたい」と夫婦で話していたことを覚えています。
実際にモデルハウスを見学すると、開放感のあるリビングや高い天井、快適な室内環境に魅力を感じ、「やっぱり家を建てたい」という気持ちはますます強くなりました。
さらに、将来的には両親との同居も考えていました。
私の実家は自然が多く、とても住みやすい場所ですが、車がないと生活が難しい地域です。
年齢を重ねれば、もっと生活しやすい場所で一緒に暮らすこともあるかもしれない。
そんな話を家族ですることもありました。
親も土地や建築予定の家をとても気に入り、
「将来一緒に住むなら援助するよ。」
と言ってくれました。
その言葉どおり、約2,000万円もの援助を受けることになります。
私たち夫婦だけでなく、両親も含めて、この家にはたくさんの夢が詰まっていました。
ハウスメーカー選びも、本気で悩んだ
注文住宅は一生に一度の大きな買い物です。
だからこそ、ハウスメーカー選びも妥協はしたくありませんでした。
見学したのは、セキスイハイムだけではありません。
一条工務店や住友林業など、複数の住宅展示場を回りました。
一条工務店は、高気密・高断熱性能が本当に素晴らしく、全館空調や床暖房にも魅力を感じました。
住友林業は、木の温もりやデザイン性が高く、自由度の高い設計が印象的でした。
どのハウスメーカーにも、それぞれの良さがあり、「どこを選んでも後悔しないだろう」と思えるほどでした。
最終的に私たちが選んだのはセキスイハイムです。
決め手になったのは、高い住宅性能に加え、将来的なライフプランまで考えた提案でした。
営業担当から、
「ユニット工法なので、将来の増築もしやすいですよ。」
と説明を受けたことを今でも覚えています。
二世帯住宅を考えていた私たちにとって、その言葉は大きな安心材料になりました。
保証の充実やメンテナンスのしやすさ、工期の短さなども魅力で、「この会社なら安心して任せられる」と感じたのです。
住宅ローンについて、私は深く考えていなかった
今振り返ると、一番反省しているのは住宅ローンに対する考え方です。
恥ずかしい話ですが、当時の私は住宅ローンについて深く勉強していませんでした。
「固定金利だから毎月この金額を払えばいい。」
「賃貸の家賃を払うのと同じようなものかな。」
そんな感覚だったのです。
住宅ローンをフラット35にしたのも、営業担当から勧められたことがきっかけでした。
「固定金利なので、将来も返済額が変わらず安心ですよ。」
そう説明を受け、「確かにその方が安心だ」と思いました。
他の金融機関を比較したり、変動金利との違いを詳しく調べたりすることは、ほとんどありませんでした。
ペアローンについても同じです。
もちろん少し不安はありました。
それでも、
「夫婦で働き続ければ問題ない。」
「二人なら何とかなる。」
そう考えていました。
今思えば、「何とかなる」という言葉には何の根拠もありませんでした。
共働きが35年間続く保証など、どこにもなかったのです。
完成した家を見たとき、「夢が叶った」と思った
家が完成し、初めて鍵を受け取った日のことは今でも鮮明に覚えています。
何度も打ち合わせを重ね、間取りを考え、壁紙を選び、一つひとつ決めてきた家。
玄関を開けた瞬間、
「本当に自分たちの家なんだ。」
という実感が込み上げてきました。
リビングに立ちながら、
「この部屋にはソファを置こう。」
「子どもが生まれたら、ここで遊ぶんだろうな。」
そんな話を夫婦でしながら、未来を想像していました。
実際に住み始めると、高気密・高断熱の快適さにも驚きました。
冬でも暖かく、防音性も高い。
住宅展示場で感じた住み心地は、本当にそのままでした。
もちろん、冬場は乾燥しやすいという説明も受けていましたが、それを差し引いても満足度は高く、「この家を選んで良かった」と心から思っていました。
この頃は、まさか数年後に家を手放すことになるなんて、想像もしていませんでした。
私たちは、この家で何十年も暮らしていくものだと信じていたのです。
妻が働けなくなり、住宅ローンへの考え方が変わった
新居での生活は、とても順調に始まりました。
朝起きてリビングへ行くたびに、
「やっぱり家を建てて良かった。」
そう思える毎日でした。
休日は家具を見に行ったり、庭をどう使うか話したり。
これからこの家で何十年も暮らしていく。
そんな未来を疑うことは、一度もありませんでした。
しかし、その生活は長く続きませんでした。
妻の体調に異変が起きた
住み始めてしばらくした頃、妻が体調を崩しました。
最初は、
「少し休めば良くなるだろう。」
そう思っていました。
私も妻も、まさか仕事を辞めることになるとは考えていませんでした。
病院へ通いながら治療を続ければ、以前のように働けるようになる。
そう信じていたのです。
一時は体調が落ち着き、仕事への復帰も試みました。
しかし、思うようにはいきませんでした。
体調は安定せず、最終的には仕事を続けることを断念することになります。
その後は傷病手当を受給しながら生活することになりました。
私も「今は治療に専念してほしい」と思っていました。
住宅ローンのことは気になっていましたが、それ以上に妻の体調が心配でした。
「家計のために働きたい」という妻の思い
傷病手当の受給が終わる頃、妻は私に言いました。
「少しでも働こうと思う。」
本当はまだ体調が万全ではないことを、私は分かっていました。
それでも妻は、
「家計に迷惑をかけたくない。」
「少しでも住宅ローンの足しになれば。」
そんな思いだったのだと思います。
パートとして働き始めましたが、その生活は長く続きませんでした。
数週間ほどで再び体調を崩し、仕事を辞めることになります。
その姿を見たとき、私は複雑な気持ちになりました。
住宅ローンのために無理をしてほしくない。
でも、現実には収入が減っている。
妻も苦しい。
家計も苦しい。
どちらも守りたいのに、どうすればいいのか分かりませんでした。
世帯年収は約900万円から約470万円へ
住宅を購入した当時、世帯年収は約900万円でした。
それが妻の退職によって、大きく減少しました。
住宅ローンは変わりません。
毎月約14万円の返済は続きます。
返済比率は約18%から約34%へ。
数字だけ見ると、「まだ払える」と思う人もいるかもしれません。
実際、私たちも返済ができなくなったわけではありませんでした。
でも、生活は確実に変わっていきました。
以前は気にせず行けていた外食。
休日のお出かけ。
旅行の計画。
そうした話を、夫婦ですることが少なくなりました。
「今年は旅行どうする?」
そんな会話は自然となくなっていきました。
家計を考えると、「やめておこうか」という結論になることが分かっていたからです。
車も2台所有していましたが、維持費を考え、1台を手放しました。
子どもの物を買うときも、「必要だから買う」ではなく、「少しでも安いものを探そう」という考え方に変わっていきました。
生活できなくなったわけではありません。
でも、生活の質は確実に変わっていました。
妊娠は大きな喜びだった。でも、不安も同じくらい大きかった
そんな中、妻の妊娠が分かりました。
もちろん、とても嬉しかったです。
夫婦で待ち望んでいた新しい命でした。
「この家で子どもを育てたい。」
そう思って建てた家だったので、その夢が現実になる喜びは大きなものでした。
しかし、その一方で、不安もありました。
「今の収入で本当に育てていけるのだろうか。」
「教育費は大丈夫なのか。」
「このまま住宅ローンを払い続けられるのか。」
「もし家を手放すことになったら、小さな賃貸で子育てをすることになるのだろうか。」
本来なら妊娠を心から喜ぶ時期だったはずです。
それなのに、お金のことばかり考えてしまう自分がいました。
あの頃は、「幸せ」と「不安」がいつも隣り合わせだったように思います。
二世帯住宅という夢も現実的ではなくなった
この家は、将来的に二世帯住宅へ増築することも考えて建てました。
そのために両親から約2,000万円もの援助を受けました。
「将来は一緒に暮らそう。」
そんな話をしながら建てた家です。
だからこそ、その計画を見直さなければならない現実は、とてもつらいものでした。
一番申し訳なかったのは両親です。
援助までしてくれたのに、その夢を実現できないかもしれない。
「何て説明すればいいんだろう。」
そんなことばかり考えていました。
両親も私たちを責めることはありませんでした。
むしろ、「無理だけはするな」と心配してくれました。
その言葉に救われた一方で、申し訳ない気持ちは今でも忘れられません。
夫婦で何度も話し合った
子どもが寝た後で、夫婦で何度も将来について話し合いました。
妻は何度も、
「ごめんね。」
と言いました。
私は一度も妻を責めたことはありません。
病気は誰のせいでもありません。
もし立場が逆なら、私だって同じだったと思います。
それでも現実は変わりません。
話し合う内容は、いつもお金のことでした。
「もし家を売ったら住宅ローンは返済できるのかな。」
「引っ越すならどこに住もう。」
「子どもが安心して暮らせる家は見つかるかな。」
「住宅ローンを払えなくなったら、どうなるんだろう。」
答えは出ませんでした。
でも、一つだけ夫婦で一致していたことがあります。
それは、
「家を守るために、家族が壊れてはいけない。」
ということでした。
当時はまだ、住み替えを決断してはいません。
それでも少しずつ、「家を守ること」と「家族を守ること」は違うのではないか、と考えるようになっていったのです。
「家を守る」より「家族を守る」ことを考え始めた
夫婦で何度も話し合いを重ねる中で、私の住宅ローンに対する考え方は少しずつ変わっていきました。
家を建てた頃の私は、
「毎月きちんと返済できれば大丈夫。」
そう考えていました。
しかし、収入が減って初めて気づいたことがあります。
住宅ローンは、「払えるかどうか」だけではないということです。
「返済できる」と「安心して返済し続けられる」は違う
正直に言うと、この頃も住宅ローンは滞りなく返済できていました。
銀行から督促が来たこともありません。
生活が破綻したわけでもありません。
だから、周りから見れば、
「まだ大丈夫じゃない?」
と思われていたかもしれません。
でも、私の中では違いました。
毎月14万円の住宅ローンを払い続けるたびに、
「この生活はあと何十年も続けられるのだろうか。」
そんな不安が消えなかったのです。
子どもが成長すれば教育費が必要になります。
車もいつか買い替えなければなりません。
家も築年数が経てば修繕費がかかります。
固定資産税も払い続けなければいけません。
住宅ローンだけを払えればいいわけではありません。
家族の生活を守りながら返済を続けられるか。
私が考えるようになったのは、そのことでした。
一番つらかったのは、お金ではなく妻の姿だった
収入が減ったことはもちろん不安でした。
でも、それ以上につらかったことがあります。
それは、妻が自分を責めていたことです。
「働けなくてごめん。」
「迷惑をかけてごめん。」
その言葉を聞くたびに、
「謝る必要なんてない。」
そう伝えていました。
病気は誰のせいでもありません。
家族なんだから、一緒に乗り越えればいい。
そう思っていました。
でも現実には、住宅ローンという大きな負担がありました。
私は、
「この家を守るために、妻が無理をして働くような状況だけは避けたい。」
そう考えるようになっていきました。
家を建てたことは、一度も後悔していない
誤解してほしくないことがあります。
私は注文住宅を建てたこと自体を後悔しているわけではありません。
家づくりは本当に楽しかったです。
住宅展示場を何度も回り、
夫婦で間取りを考え、
壁紙や設備を選び、
完成した家を見たときの感動は今でも忘れられません。
実際に住んでみても、高気密・高断熱で快適でした。
防音性も高く、
「この家を選んで良かった。」
そう思える家でした。
だからこそ、悔しかったのです。
もし妻が元気に働き続けられていたら。
もし当初のライフプランどおりに進んでいたら。
今でもあの家に住み続けていたと思います。
後悔しているのは家ではありません。
「人生は思いどおりにはいかない」という現実を、当時は想像できていなかった自分自身です。
私が住宅ローンで一番伝えたいこと
もし今、共働きを前提に住宅ローンを組もうとしている方がいるなら、一つだけ伝えたいことがあります。
今の世帯年収だけで判断しないでください。
35年という返済期間の中では、
病気になることもあります。
出産や育児があります。
転職することもあるかもしれません。
親の介護が必要になることもあります。
収入が減る出来事は、思っている以上にたくさんあります。
私も、
「まさか我が家が。」
そう思っていました。
だからこそ、
住宅ローンは、
「借りられる金額」ではなく、
「どちらか一人の収入になっても、家族が安心して暮らせる金額」
を基準に考えてほしいと思います。
それが、私がこの経験から学んだ一番大きな教訓です。
あの頃の自分へ伝えたいこと
もし、注文住宅を契約する前の自分に会えるなら、私はこう伝えます。
「家を建てることは間違いじゃない。」
「夢を持つことも間違いじゃない。」
でも、
共働きが35年間続くことを前提に住宅ローンを考えてはいけない。
家は建て直せるかもしれません。
でも、
家族の健康や、一緒に笑って過ごせる時間は、お金では買えません。
だから、
家を守ることよりも、家族を守ることを優先してほしい。
それが、今の私が一番伝えたいことです。
まとめ
注文住宅を購入した当時、私は「共働きだから大丈夫」と考えていました。
しかし、妻が働けなくなったことで、その前提は大きく崩れました。
住宅ローンは返済できていても、不安は消えませんでした。
旅行を我慢し、外食を減らし、車を手放し、将来のことばかり考える毎日。
そんな経験を通して、私は「返済できること」と「安心して暮らせること」は別だと学びました。
そして少しずつ、「このまま今の家に住み続けることだけが正解ではないのかもしれない」と考えるようになります。
この考えが、後に住み替えという大きな決断につながっていきました。


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